「ねぇ、私と一緒に死んでくれない?」
急行も止まらない小さな駅の静かなバスロータリー。
その片隅にひっそりと存在する喫茶店の定位置で、沙織は僕に言った。
「随分と物騒な話だね。」
「物騒かしら?」
「あまり、陽気な話とは思えないね。特に、今日のような記念日にする話題としては。」
「記念日だから、話してるの。」
そう言い、沙織はアイスティーを一口飲んだ。
「あのね、誕生日というのは、私が生まれた日なわけ。」
「いかにも。」
「それは同時にね、私が死に向かって歩き始める事を義務づけられた日なの。」
「なるほど。」
時として沙織は、手入れの行き届いたアクアリウムの様な澄んだ瞳からは想像も出来ないような事を言う。
そして、それは僕に心地よい刺激を与える。
今日もまた、そうであった。
僕は、沙織の言葉を反芻しながら煙草に火を付けた。
「ねぇ、聞いてるの?今、私が二番目に大事な事を話してるのよ。」
「しっかりと聞いているよ。ところで、一番目の話はどうしたんだい?」
「ねぇ、分らないの?世の中には順番を守らなければいけない事がたくさんあるの。」
「でも、一番というものは、とても気になるんだよ。」
沙織は一呼吸を置くために、またアイスティーを一口飲んだ。
僕は、沙織が空けた間を埋めるかのように、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「いい?今、私が話している話の順序は、三番目に大事な事なの。」
「分かったよ。続きをどうぞ」
そこから、今の沙織にとって二番目に大事な話を、三番目に大事な順番の通り話し始めた。
メトロノーム・シンドローム~第二話~
沙織は、再びアイスティーを口にし、僕に聞いた。
「ねぇ、あなたは死というものに対して、どんなイメージを持っているの?」
僕はタバコを吸い、吐き出す煙の行方を見つめながら、その問いに対する答えをまとめた。
「どんな人にも訪れる人生の終焉かな。」
「そうね、点数を付けるなら30点。」
「なかなか厳しい点数だね。」
「そうかしら?一応、及第点よ。」
そう言って、沙織は窓の外を通る路線バスを見送った。
降り立った中学生らしき集団が、揃いのジャージで談笑している。
指定のジャージで出歩く恥ずかしさを、彼らも数年後に気づくはずだろう。
「あのね、私が聞きたいのは事象としてのイメージじゃないの。」
「と、言うと?」
「私が聞いてるのは、事象に対するイメージなのよ。」
「例えば?」
「辛い、悲しい、恐怖みたいな事象に対するイメージなの。」
「なるほど、それなら不安って答えになるかな。」
「合格。80点あげる。」
「それはどうも。」
沙織は満足そうな顔で半分になったアイスティーを飲んだ。
メトロノーム・シンドローム~第三話~