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2024/05/03 05:32 |
雑踏の影~第一話~
「だから、何でこれじゃダメなんですか!」
「仕方がないだろ、先方の意向だ。」
「意向って・・・。結局、何になったんですか!」
「繰上げで次点が選ばれた。」
「何で、あんなのが!」
「とにかく、先方の意向とあっちゃ、うちは従うしかない!」

僕の職業はコピーライター。
この仕事に就いて七年目になる。
元々は小説家を目指していたのだが、先輩の誘いを断りきれずこの会社に入った。
うちの会社は、広告業界では三位だが、大企業相手の仕事しか受けない。

入社三年目になった頃、飲料メーカーから受注があった。
社運を賭けた新製品のプロモーションをうちに発注して来た。
そのコピーが社内コンペによって選ばれることになった。
僕は、下積みではあったがこっそり応募した。
自信がなかったと言えば嘘になる。
嬉しいことに僕のコピーは、そのコンペで取締役の目に留まった。

社運を賭けた新商品は爆発的な当たりとなり、受注額とは別に成功報酬も出ることになった。
僕は、その功績を認められ臨時ボーナスを貰う事が出来た。
加えて、入社三年目にしては異例の、アシスタントチーフに昇格となった。

その後もそれなりに業績を挙げ、今年から三十路手前にしてチーフとなった。
チーフになっての初仕事が、今回の菓子メーカーの新製品プロモーションである。
僕は、それこそ寝る間も惜しんで取り組んだ。
帰宅すると日が変わっている日々が毎日のように続いた。

先週、メーカーとの合同プレゼンがあったのだが、社内推薦が付いたプレゼンが倒された。
念の為と、予備に持っていたコピーが選ばれたのだ。

僕は納得がいかなかった。

練りに練ったプロモーションに、思いつきのコピーで販促をしなければいけないというのだ。
結果を聞かされてから今の今まで、自分自身で解せていない。

「じゃぁ、僕はこのプロモーションを降ります。」
「何を言っているんだ!今さら引き継ぎなど出来るわけないだろ!」
「僕は、この仕事に誇りを持っています。それを曲げることは出来ません。」
「先方あっての受注だ!冷静になれ!」
そう言うと、部長は席を外した。


「やってられるかよ!」
一人きりになった会議室で、僕はそう呟いた。


~つづく~
雑踏の影~第二話~
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2007/09/28 23:07 | Comments(0) | TrackBack() | 雑踏の影
雑踏の影~第二話~
僕は、いくら頭の中で事態を反芻しても解せなかった。

こんな日は、飲みに行くに限る。
先輩チーフと、後輩を数人誘い会社を出た。

「だから、何であれがダメなんっすか!」

いつも、冷静沈着を心がけているのだが、今日ばかりはそうも行かない。

「お前も分かるだろ、先方あっての仕事だ。」
「そんなのは分かってますよ!」
「先方が求めるのは素晴らしいコピーじゃない、モノが売れるためのコピーなんだぞ。」

そんなことは百も承知だった。
それを理解した上でのコピーが落とされたのが解せないのだ。
少ないながらも、経験に裏打ちされた自信作のコピー。

『凍えるほど辛い!』

今回の商品は、バングラディッシュ産のブット・ジョロキアと、ブラジル産のハバネロを練りこんだスナック菓子だ。
『辛い=熱い』の定石を覆す逆説的なコピーで、その意外性がエンドの目を引くと考えたのだ。
試食を繰り返し、考えに考え抜いたコピーが落とされたのだ。
結局、『Wで辛い!』という素人レベルの安直なコピーになったのだ。

僕にもプロとしてのプライドがある。
それが今日、実に簡単に崩されたのだ。
そう易々と、この状況を受け入れられるほど手を抜いた仕事はしていない。
僕は延々とアルコールを飲み込んだ。
それは、僕が僕である確認を行うような単純作業であった。

案の定、記憶が消えていた。
底なし沼に足を踏み入れたような、ジワジワと押し寄せる感情を、身を捩じらせて回避していた。
僕はアルコールを吸収することで自分を自分と認識し、アルコールを吸収することでそれを忘れようとしていたのだろう。
しかし、底なし沼というのは身を捩じらせれば捩じらすほど、深みに嵌まっていくものである。
今回とて例外ではなく、僕はベッドの中で湧き上がる自己嫌悪に蝕まれていた。

今日は休むことに決め、電話でプロジェクトのメンバーに指示を出し、再び夢の中に逃げ込んだ。



~つづく~
雑踏の影~第三話~

2007/10/03 23:31 | Comments(0) | TrackBack() | 雑踏の影

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