『この世は絶望に満ちている』
誰かが酒の席で話していた。
誰が言っていたのかは思い出せない。
会社の先輩であったか、大学の先輩だったか。
友達かもしれないし、以前付き合っていた彼女かもしれない。
重要なのは『誰が言っていたか』ではない。
その、言葉の重みなのだ。
恵まれた時代、恵まれた環境。
この国では血を流すような戦争もなく、苦役を強いられる事もない。
それが、幸せなのかは分からない。
ただ、少なくとも不幸せだとは思えない。
それを、『絶望に満ちている』と、この世を断絶することに衝撃を受けたのだ。
その言葉は、日を増すごと、年を重ねるごとに僕の中で形を変えていった。
フレーズを生み出すことを生業としているにも関わらず、その単語の組み合わせに驚嘆したのだ。
紡ぎ出した単語の集まりは、明確な拒絶を前に行き場を見失ってしまった。
もし、この世が絶望に満ち溢れていると言うならば、その言葉こそが絶望の淵を漂っているのであろう。
仕事とは何か。
自分とは何か。
絶望とは何か。
明確な答えが出ないまま、それでも僕は呼吸を続けていた。
~つづく~
雑踏の影~第四話~
PR
浅い眠りと大きな自己嫌悪。
それに付随するおぼろげな思考。
繰り返しているうちに、日は昇り、沈みかけていた。
僕は身を起し、タバコに火をつけた。
五分程、ささやかな幸せを吸い込み、大きな虚無感を吐き出していた。
考えてみれば、平日のこんな時間に家にいることは滅多にない。
心づけ程度に会社から与えられる有給休暇も、ほとんどを使うことなく消えていった。
この時間は、まるで学生時代に戻ったかのように思えた。
折角だから、学生の気分に戻ってみよう。
そう考えた。
シャツを替え、ジーンズに足を通し、申し訳程度にジャケットを羽織った。
元々、派手な性格じゃないこともあり、シブヤやシンジュクといった人の多いところは好きではない。
学生時代も、シブヤやシンジュクよりは、その対極にあるお茶の水の方が好きであった。
だが、今日は繁華街に繰り出そうと思った。
何か目的がある訳ではない。
ただ、久しく世の中の『騒がしさ』から遠ざかっていた為、そこに身を投じてみたいと考えたのだ。
僕は地下鉄に乗り、シブヤを目指した。
この時間に電車に乗っているのは、学生か定時帰宅の公務員ぐらいであろう。
いつも乗っているような満員電車ではない。
それでも、座れるほど空いている訳ではないので、ドアから外を眺めていた。
とは言っても、そこに景色はない。
定期的に訪れる広告や、焦る様子もなく出口へ向かう様が描かれた緑の案内灯を見ていた。
いつでも一定な抑揚を保ったアナウンスが、次がシブヤであると告げた。
僕は、あの案内灯に映る影のように、焦るでもなくホームに降りた。
~つづく~
雑踏の影~第五話~
それに付随するおぼろげな思考。
繰り返しているうちに、日は昇り、沈みかけていた。
僕は身を起し、タバコに火をつけた。
五分程、ささやかな幸せを吸い込み、大きな虚無感を吐き出していた。
考えてみれば、平日のこんな時間に家にいることは滅多にない。
心づけ程度に会社から与えられる有給休暇も、ほとんどを使うことなく消えていった。
この時間は、まるで学生時代に戻ったかのように思えた。
折角だから、学生の気分に戻ってみよう。
そう考えた。
シャツを替え、ジーンズに足を通し、申し訳程度にジャケットを羽織った。
元々、派手な性格じゃないこともあり、シブヤやシンジュクといった人の多いところは好きではない。
学生時代も、シブヤやシンジュクよりは、その対極にあるお茶の水の方が好きであった。
だが、今日は繁華街に繰り出そうと思った。
何か目的がある訳ではない。
ただ、久しく世の中の『騒がしさ』から遠ざかっていた為、そこに身を投じてみたいと考えたのだ。
僕は地下鉄に乗り、シブヤを目指した。
この時間に電車に乗っているのは、学生か定時帰宅の公務員ぐらいであろう。
いつも乗っているような満員電車ではない。
それでも、座れるほど空いている訳ではないので、ドアから外を眺めていた。
とは言っても、そこに景色はない。
定期的に訪れる広告や、焦る様子もなく出口へ向かう様が描かれた緑の案内灯を見ていた。
いつでも一定な抑揚を保ったアナウンスが、次がシブヤであると告げた。
僕は、あの案内灯に映る影のように、焦るでもなくホームに降りた。
~つづく~
雑踏の影~第五話~