改札を出ると、そこは黒山の人だかりであった。
米国が、しばしば人種の坩堝と言われるが、ここもまた同じなのではないかとさえ思う。
何かの自己主張であろう、顔中にピアスをつけている彼も。
時代に取り残されたかのような、顔を黒くした彼女も。
取り付かれたように携帯電話を見つめながら歩く彼女も。
見事に人込みをかき分けながら、器用に進む彼も。
ここでは、各々がそれぞれ排他的な様相を呈している。
互いに干渉する事はなく、しかし認識をしていない訳ではない。
つまるところ、互いを認識しつつも、その認識を放棄しているのだ。
人が立ち止まろうが、走りだそうが、彼らは一瞥をくれるだけで、間も無くその様を戸外に放り投げるのだ。
息苦しいほどに人が溢れていながらも、各人がそれぞれ透明人間なのである。
それは、誰かが非常事態の意思表示をしたとしても、さして変わらない。
仮に、ここで誰かが発作を起こし倒れたとしても、認識から行動に移す人間は一握りであろう。
僕もまた、例外ではない。
透明人間になることで、自由を手に入れ。
透明人間になることで、寂寥の念に包まれるのだ。
その快感にも似た苦痛が、この街に人を集める力なのだろう。
その見返りとして、この街は人々に帰巣本能を想起させる。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」と。
人々の寂寞をかき集め、この街は成長を続ける。
僕は、そう考えながらも歩き続けた。
目的地はなく、ただ歩き続けた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させることを、歩きながら待っていた。
~つづく~
雑踏の影~第六話~
米国が、しばしば人種の坩堝と言われるが、ここもまた同じなのではないかとさえ思う。
何かの自己主張であろう、顔中にピアスをつけている彼も。
時代に取り残されたかのような、顔を黒くした彼女も。
取り付かれたように携帯電話を見つめながら歩く彼女も。
見事に人込みをかき分けながら、器用に進む彼も。
ここでは、各々がそれぞれ排他的な様相を呈している。
互いに干渉する事はなく、しかし認識をしていない訳ではない。
つまるところ、互いを認識しつつも、その認識を放棄しているのだ。
人が立ち止まろうが、走りだそうが、彼らは一瞥をくれるだけで、間も無くその様を戸外に放り投げるのだ。
息苦しいほどに人が溢れていながらも、各人がそれぞれ透明人間なのである。
それは、誰かが非常事態の意思表示をしたとしても、さして変わらない。
仮に、ここで誰かが発作を起こし倒れたとしても、認識から行動に移す人間は一握りであろう。
僕もまた、例外ではない。
透明人間になることで、自由を手に入れ。
透明人間になることで、寂寥の念に包まれるのだ。
その快感にも似た苦痛が、この街に人を集める力なのだろう。
その見返りとして、この街は人々に帰巣本能を想起させる。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」と。
人々の寂寞をかき集め、この街は成長を続ける。
僕は、そう考えながらも歩き続けた。
目的地はなく、ただ歩き続けた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させることを、歩きながら待っていた。
~つづく~
雑踏の影~第六話~
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どれくらい歩いただろうか。
僕は、繁華街から遠ざかっていた。
青い道路標識には直進すれば原宿に着くと書き表されていた。
「ハラジュクか。」
一人呟き、直進を避けるように進路を右へ変えた。
いつの間にか、道を照らすものは日の光から街灯へと切り替わっていた。
乗客の思いを代弁するかのような、怒号にも似た電車の音が通り過ぎていく。
目を背けていた。
何故かは分からない。
分からないのだ。
自分が、何故この場に存在し、何故電車の音を避けたのか。
このところ、沸き溢れていた違和感は、きっとそれのせいだろう。
グツグツと煮えたぎる感情ではなく、土鍋の吹きこぼしの様な滲み出る違和感。虚無感。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」
今、確かに聞こえた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させているのだ。
戦に勝つには、まず敵を知ることだ。
己に勝つには、己を知ることだ。
勝ちたいか、負けたいか。
辞めたいか、続けたいか。
したいのか、したくないのか。
それら全ては愚問なのである。
時として、行動は思考を超越した次元に存在する。
問いかけるのではなく、動くのだ。
動いて、動いて、動きぬいてから、考えればいい。
僕の進路は駅へと向いていた。
この足は、家路につくのではなく、間違いなく出社しようとしている。
何故かは分からない。
それでも、体は職場へと向いていた。
~つづく~
雑踏の影~最終話~
僕は、繁華街から遠ざかっていた。
青い道路標識には直進すれば原宿に着くと書き表されていた。
「ハラジュクか。」
一人呟き、直進を避けるように進路を右へ変えた。
いつの間にか、道を照らすものは日の光から街灯へと切り替わっていた。
乗客の思いを代弁するかのような、怒号にも似た電車の音が通り過ぎていく。
目を背けていた。
何故かは分からない。
分からないのだ。
自分が、何故この場に存在し、何故電車の音を避けたのか。
このところ、沸き溢れていた違和感は、きっとそれのせいだろう。
グツグツと煮えたぎる感情ではなく、土鍋の吹きこぼしの様な滲み出る違和感。虚無感。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」
今、確かに聞こえた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させているのだ。
戦に勝つには、まず敵を知ることだ。
己に勝つには、己を知ることだ。
勝ちたいか、負けたいか。
辞めたいか、続けたいか。
したいのか、したくないのか。
それら全ては愚問なのである。
時として、行動は思考を超越した次元に存在する。
問いかけるのではなく、動くのだ。
動いて、動いて、動きぬいてから、考えればいい。
僕の進路は駅へと向いていた。
この足は、家路につくのではなく、間違いなく出社しようとしている。
何故かは分からない。
それでも、体は職場へと向いていた。
~つづく~
雑踏の影~最終話~