浅い眠りと大きな自己嫌悪。
それに付随するおぼろげな思考。
繰り返しているうちに、日は昇り、沈みかけていた。
僕は身を起し、タバコに火をつけた。
五分程、ささやかな幸せを吸い込み、大きな虚無感を吐き出していた。
考えてみれば、平日のこんな時間に家にいることは滅多にない。
心づけ程度に会社から与えられる有給休暇も、ほとんどを使うことなく消えていった。
この時間は、まるで学生時代に戻ったかのように思えた。
折角だから、学生の気分に戻ってみよう。
そう考えた。
シャツを替え、ジーンズに足を通し、申し訳程度にジャケットを羽織った。
元々、派手な性格じゃないこともあり、シブヤやシンジュクといった人の多いところは好きではない。
学生時代も、シブヤやシンジュクよりは、その対極にあるお茶の水の方が好きであった。
だが、今日は繁華街に繰り出そうと思った。
何か目的がある訳ではない。
ただ、久しく世の中の『騒がしさ』から遠ざかっていた為、そこに身を投じてみたいと考えたのだ。
僕は地下鉄に乗り、シブヤを目指した。
この時間に電車に乗っているのは、学生か定時帰宅の公務員ぐらいであろう。
いつも乗っているような満員電車ではない。
それでも、座れるほど空いている訳ではないので、ドアから外を眺めていた。
とは言っても、そこに景色はない。
定期的に訪れる広告や、焦る様子もなく出口へ向かう様が描かれた緑の案内灯を見ていた。
いつでも一定な抑揚を保ったアナウンスが、次がシブヤであると告げた。
僕は、あの案内灯に映る影のように、焦るでもなくホームに降りた。
~つづく~
雑踏の影~第五話~
それに付随するおぼろげな思考。
繰り返しているうちに、日は昇り、沈みかけていた。
僕は身を起し、タバコに火をつけた。
五分程、ささやかな幸せを吸い込み、大きな虚無感を吐き出していた。
考えてみれば、平日のこんな時間に家にいることは滅多にない。
心づけ程度に会社から与えられる有給休暇も、ほとんどを使うことなく消えていった。
この時間は、まるで学生時代に戻ったかのように思えた。
折角だから、学生の気分に戻ってみよう。
そう考えた。
シャツを替え、ジーンズに足を通し、申し訳程度にジャケットを羽織った。
元々、派手な性格じゃないこともあり、シブヤやシンジュクといった人の多いところは好きではない。
学生時代も、シブヤやシンジュクよりは、その対極にあるお茶の水の方が好きであった。
だが、今日は繁華街に繰り出そうと思った。
何か目的がある訳ではない。
ただ、久しく世の中の『騒がしさ』から遠ざかっていた為、そこに身を投じてみたいと考えたのだ。
僕は地下鉄に乗り、シブヤを目指した。
この時間に電車に乗っているのは、学生か定時帰宅の公務員ぐらいであろう。
いつも乗っているような満員電車ではない。
それでも、座れるほど空いている訳ではないので、ドアから外を眺めていた。
とは言っても、そこに景色はない。
定期的に訪れる広告や、焦る様子もなく出口へ向かう様が描かれた緑の案内灯を見ていた。
いつでも一定な抑揚を保ったアナウンスが、次がシブヤであると告げた。
僕は、あの案内灯に映る影のように、焦るでもなくホームに降りた。
~つづく~
雑踏の影~第五話~
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改札を出ると、そこは黒山の人だかりであった。
米国が、しばしば人種の坩堝と言われるが、ここもまた同じなのではないかとさえ思う。
何かの自己主張であろう、顔中にピアスをつけている彼も。
時代に取り残されたかのような、顔を黒くした彼女も。
取り付かれたように携帯電話を見つめながら歩く彼女も。
見事に人込みをかき分けながら、器用に進む彼も。
ここでは、各々がそれぞれ排他的な様相を呈している。
互いに干渉する事はなく、しかし認識をしていない訳ではない。
つまるところ、互いを認識しつつも、その認識を放棄しているのだ。
人が立ち止まろうが、走りだそうが、彼らは一瞥をくれるだけで、間も無くその様を戸外に放り投げるのだ。
息苦しいほどに人が溢れていながらも、各人がそれぞれ透明人間なのである。
それは、誰かが非常事態の意思表示をしたとしても、さして変わらない。
仮に、ここで誰かが発作を起こし倒れたとしても、認識から行動に移す人間は一握りであろう。
僕もまた、例外ではない。
透明人間になることで、自由を手に入れ。
透明人間になることで、寂寥の念に包まれるのだ。
その快感にも似た苦痛が、この街に人を集める力なのだろう。
その見返りとして、この街は人々に帰巣本能を想起させる。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」と。
人々の寂寞をかき集め、この街は成長を続ける。
僕は、そう考えながらも歩き続けた。
目的地はなく、ただ歩き続けた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させることを、歩きながら待っていた。
~つづく~
雑踏の影~第六話~
米国が、しばしば人種の坩堝と言われるが、ここもまた同じなのではないかとさえ思う。
何かの自己主張であろう、顔中にピアスをつけている彼も。
時代に取り残されたかのような、顔を黒くした彼女も。
取り付かれたように携帯電話を見つめながら歩く彼女も。
見事に人込みをかき分けながら、器用に進む彼も。
ここでは、各々がそれぞれ排他的な様相を呈している。
互いに干渉する事はなく、しかし認識をしていない訳ではない。
つまるところ、互いを認識しつつも、その認識を放棄しているのだ。
人が立ち止まろうが、走りだそうが、彼らは一瞥をくれるだけで、間も無くその様を戸外に放り投げるのだ。
息苦しいほどに人が溢れていながらも、各人がそれぞれ透明人間なのである。
それは、誰かが非常事態の意思表示をしたとしても、さして変わらない。
仮に、ここで誰かが発作を起こし倒れたとしても、認識から行動に移す人間は一握りであろう。
僕もまた、例外ではない。
透明人間になることで、自由を手に入れ。
透明人間になることで、寂寥の念に包まれるのだ。
その快感にも似た苦痛が、この街に人を集める力なのだろう。
その見返りとして、この街は人々に帰巣本能を想起させる。
「コノママ、ココニイテハイケナイ」と。
人々の寂寞をかき集め、この街は成長を続ける。
僕は、そう考えながらも歩き続けた。
目的地はなく、ただ歩き続けた。
この街が、僕に帰巣本能を想起させることを、歩きながら待っていた。
~つづく~
雑踏の影~第六話~