沙織は、再びアイスティーを口にし、僕に聞いた。
「ねぇ、あなたは死というものに対して、どんなイメージを持っているの?」
僕はタバコを吸い、吐き出す煙の行方を見つめながら、その問いに対する答えをまとめた。
「どんな人にも訪れる人生の終焉かな。」
「そうね、点数を付けるなら30点。」
「なかなか厳しい点数だね。」
「そうかしら?一応、及第点よ。」
そう言って、沙織は窓の外を通る路線バスを見送った。
降り立った中学生らしき集団が、揃いのジャージで談笑している。
指定のジャージで出歩く恥ずかしさを、彼らも数年後に気づくはずだろう。
「あのね、私が聞きたいのは事象としてのイメージじゃないの。」
「と、言うと?」
「私が聞いてるのは、事象に対するイメージなのよ。」
「例えば?」
「辛い、悲しい、恐怖みたいな事象に対するイメージなの。」
「なるほど、それなら不安って答えになるかな。」
「合格。80点あげる。」
「それはどうも。」
沙織は満足そうな顔で半分になったアイスティーを飲んだ。
メトロノーム・シンドローム~第三話~
沙織は、一呼吸して二番目に大切な話を続けた。
「そうなのよ。程度の差こそあれど、大抵の人は死に対して畏怖の念を抱くのよ。」
「そうだね、あまり喜ばしく受け入れる人はいないね。」
「だから、私は死という概念を変えたいの。言ってみれば常識を覆したいのよ。」
沙織は、驚くほど透き通った目で、僕を見つめてくる。
まるでテストで100点を取った子供が、その結果を親に見せる時の様な自信に満ち溢れた目だった。
「なるほどね。でも、何故その常識を覆す為に一緒に死ぬというのかい?」
「あなたは、物事の本質を観る力が足りてないのよ。」
「それは申し訳ない。出来損ないの僕にも分るように説明してもらえないか?」
「あなたは何も分っていないのね。私は、死という概念を変える為に、一緒に死ぬと言っているわけじゃないの。」
「じゃぁ、どうして一緒に死ぬなんて言うんだい?」
「私が言いたいのは、一緒に死ぬ事で死の概念を変える為にはどうしたらいいのかを考えようって事。」
「一つ聞いてもいいかな?」
「どうぞ。」
「もしかして、それを考える事が一番大切な事なのかい?」
沙織はアイスティーを一口飲み、幾度か頷いた。
僕の話した言葉と、その瞬間をまとめて咀嚼しているようだった。
「いいわ、100点よ。」
「それはどうも。」
曇り空の下、沙織の19回目の誕生日は間もなく、正午になろうとしていた。