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2025/05/11 01:17 |
初夏の風音~第九話~
彼女が作ってくれた夕食は、想像をはるかに超えて美味しかった。
「すっごく、おいしい」と、僕がそう言うと友達は恥ずかしそうに「お世辞じゃない?」と聞いてきた。
その頬を赤らめた姿がとてつもなく愛しかった。
思わず、「いいお嫁さんになれるよ」と言うと、一転「相手がいればいいんだけどねぇ」と寂しげな表情をした。
その表情も愛しく感じた自分に気づいた時、僕はこの感情は恋であると理解した。

「僕じゃダメかな?」
それは、飾らない素直な言葉であった。
「えっ?」
そう言い驚いた表情をし、彼女は黙り込んでしまった。
その展開に慌てた僕は、「ごめんごめん、冗談だよ」と言い、その場を取り繕おうとした。
すると彼女は再び「えっ?」と言い、下を向いてしまった。
このような場面に不慣れな僕は、どうすれいいのか分からずに、ただ彼女を見ていた。
その静寂は一時間にも一日にも感じた。
平静を装うつもりでタバコを手に取ろうとすると彼女が泣いているのが分かった。
「本当にごめん。いきなり変なこと言って。」
もう、僕はどうして言いのか分からなかった。
すると彼女は、「すごく嬉しかったのに」と言い、声を出して泣き始めた。

『すごく嬉しかったのに』
この言葉が理解出来ず、頭の中で何度も何度も反芻していた。
「嬉し かっ た ?」僕の反芻は途切れ途切れの言葉となり声となっていた。
「うん。」そう言い、彼女は真っ赤にした綺麗な目で僕を見つめてきた。

その顔が愛しくて。
その目がとても澄んでいて。
僕は思わず彼女を抱きしめていた。

「ごめん」
「ありがと」

僕の胸に顔をうずめる彼女の涙の温もりがシャツ越しに伝わってきた。

「僕でも いい?」
「うん」

僕は不思議と『生まれてきて良かった』と思っていた。

「もう少しこのままでいい?」
そう言った彼女が愛らしく、再び抱きしめた。

それからどの位の時間が過ぎただろうか。
「あっ、後片付けしなきゃ。」と彼女が言った。
「いいよ、そんなの後でも」と返すと、「早く洗わなきゃ汚れが落ちにくくなるの」と言った。
このしっかりしているところもまた、可愛かった。
僕はタバコを吸いながら、その様子を眺めていた。

「時間は大丈夫?」そう聞くと。
「泊めてもらってもいい?」と言った。
「こんな部屋でよければ」といい、彼女を抱き寄せた。
「昨日、初めて会ったのにね」と彼女が照れたように言い、見つめてきた。
そっと口づけをし、抱き合った。
それから、狭いベッドで肩を寄せ合い、お互いの存在を確かめ合うように眠った。

幸せとは、突然に訪れるもので、それからと言うもの気がつくと彼女の事ばかり考えていた。

~つづく~
初夏の風音~最終話~
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2007/09/02 23:51 | Comments(0) | TrackBack() | 初夏の風音
初夏の風音~最終話~

僕は幸せの中心に立っている。
 


彼女とは、毎週日曜に会っていた。
土曜日はお互い休息や友達と過ごすために空けておくことにしたのだ。
と言っても、日曜日の朝も彼女が僕を起こしに来るまで寝ていた。

彼女が合鍵で部屋に入り、僕を起こしに来る。
寝起きの一服をしながら、彼女が料理を作る姿を見るのが好きだった。
朝食とも昼食とも言えない時間に食事をし、肩を並べウィークデーのバラエティ番組の総集編を見る。
それから、出かけることもあれば、一日そのままの事もあった。
僕は、その『派手ではないが、温かみのある休日』がとても好きであった。

クローゼットにあるスーツのポケットには指輪が入っていた。
その存在を忘れていたわけではないが、特段気にすることもなかった。
何しろ、今、僕は幸せの中心にいるのだ。
 

それは、夏の訪れが日に日に近づいてくる頃であった。

その金曜日、僕は珍しく残業もせずに退社した。
大抵、金曜日と言うものは残務整理で残業になるものだが、珍しく雑務が無かった。

家に着くと、部屋の前に人がいた。
暗がりの中、目を細めて見ると、その人は彼女を紹介してくれた僕の数少ない女友達であった。

「どうしたの?」
「うん・・・指輪忘れてたなって思って。」
「あぁ、ちゃんと取ってあるよ」
「・・・うん。」

只ならぬ雰囲気から嫌な予感はした。
しかし、指輪を渡し「はい、さよなら」と言った素っ気無い態度を取る事が、僕にはできなかった。

「中、入りなよ」
「ごめん」

僕は冷蔵庫の中から、彼女が入れておいてくれた紅茶をカップに注ぎ、指輪とカップをテーブルに置いた。

友達は指輪をぼんやりと眺めていたが、顔を上げ
「仲良くやってる?」と言った。
「うん、いい子を紹介してくれて感謝してる」
「よかった」

聞いてはいけない気がしたが、聞かずに入られなかった。
「どうしたの?彼氏と何かあった?」
そう言い終えるかの刹那に、友達は泣き始めた。
先程の予感は間違ってはいなかった。
「私、フラれちゃった。」
相も変わらず僕は、こういった場面に弱かった。
何を言ってあげればいいのか分からずに、「そっかぁ」とだけ言い黙ってしまった。

「ごめんね、こんな話しちゃって。」
「僕で良ければ、話し聞くよ?」
「ううん、いいの」

そう言い友達は立ち上がり、玄関の方へ歩き出した。

「えっ?」

友達はそう言った。
僕は友達の手を引き抱き寄せていた。

「大丈夫、僕がいるから」
何故、そう言ったのかは分からない。
このまま帰してはいけない気がしたのかもしれない。
僕は「大丈夫だから」と言い続け、友達は「ごめんね」と言い続けた。

ドサッ

それは、まるで鈍器で殴りつけられたような、重い音であった。
僕がその音の方に目を向けると、そこに彼女が立っていた。
友達はその様子に気づき、慌てて僕から体を引き離した。

彼女は何も言わず、部屋を出て行ってしまった。
僕は何が起きたのかを理解できなかった。
いや、その現実を認めることを意識的に避けたのかもしれない。
友達は再び「ごめんね」と言い泣き続け、僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。

しばらくして、僕は彼女に謝らなければいけないと気づき、携帯を手に取るが何と伝えればいいかが分からなかった。
何を言っても言い訳のような気がした。
電話をかけることが出来ず、ただ「ごめんね」とメールを打った。

その夜は数ヶ月前の夜と同じであった。
変わらない天井と、長い夜。
ただ、その時と違ったのは隣に友達がいたことだ。

ただぼんやりと天井を眺めていると携帯がなった。
それは、彼女からであった。
「納得させるような言い訳ぐらいしてよ」
言い訳・・・。
結局のところ、何を言っても言い訳になるわけで。
何も返せなかった。

友達と肩を並べ、何を話すでもなく天井を眺めていた。

目が覚めると太陽が昇っていた。
横を見ると友達はいなく、テーブルに置手紙があった。
そこには「ごめんね」とだけ書かれていた。
風で飛ばないように指輪が乗せてあった。

幸せと言うのは、手に入れるのは大変だが、失うのは簡単である。

開けたままであった窓からは僕を責めるような風が吹きつけた。


~おわり~

初夏の風音~あとがき~


2007/09/03 23:36 | Comments(2) | TrackBack() | 初夏の風音

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