僕は、いくら頭の中で事態を反芻しても解せなかった。
こんな日は、飲みに行くに限る。
先輩チーフと、後輩を数人誘い会社を出た。
「だから、何であれがダメなんっすか!」
いつも、冷静沈着を心がけているのだが、今日ばかりはそうも行かない。
「お前も分かるだろ、先方あっての仕事だ。」
「そんなのは分かってますよ!」
「先方が求めるのは素晴らしいコピーじゃない、モノが売れるためのコピーなんだぞ。」
そんなことは百も承知だった。
それを理解した上でのコピーが落とされたのが解せないのだ。
少ないながらも、経験に裏打ちされた自信作のコピー。
『凍えるほど辛い!』
今回の商品は、バングラディッシュ産のブット・ジョロキアと、ブラジル産のハバネロを練りこんだスナック菓子だ。
『辛い=熱い』の定石を覆す逆説的なコピーで、その意外性がエンドの目を引くと考えたのだ。
試食を繰り返し、考えに考え抜いたコピーが落とされたのだ。
結局、『Wで辛い!』という素人レベルの安直なコピーになったのだ。
僕にもプロとしてのプライドがある。
それが今日、実に簡単に崩されたのだ。
そう易々と、この状況を受け入れられるほど手を抜いた仕事はしていない。
僕は延々とアルコールを飲み込んだ。
それは、僕が僕である確認を行うような単純作業であった。
案の定、記憶が消えていた。
底なし沼に足を踏み入れたような、ジワジワと押し寄せる感情を、身を捩じらせて回避していた。
僕はアルコールを吸収することで自分を自分と認識し、アルコールを吸収することでそれを忘れようとしていたのだろう。
しかし、底なし沼というのは身を捩じらせれば捩じらすほど、深みに嵌まっていくものである。
今回とて例外ではなく、僕はベッドの中で湧き上がる自己嫌悪に蝕まれていた。
今日は休むことに決め、電話でプロジェクトのメンバーに指示を出し、再び夢の中に逃げ込んだ。
~つづく~
雑踏の影~第三話~
こんな日は、飲みに行くに限る。
先輩チーフと、後輩を数人誘い会社を出た。
「だから、何であれがダメなんっすか!」
いつも、冷静沈着を心がけているのだが、今日ばかりはそうも行かない。
「お前も分かるだろ、先方あっての仕事だ。」
「そんなのは分かってますよ!」
「先方が求めるのは素晴らしいコピーじゃない、モノが売れるためのコピーなんだぞ。」
そんなことは百も承知だった。
それを理解した上でのコピーが落とされたのが解せないのだ。
少ないながらも、経験に裏打ちされた自信作のコピー。
『凍えるほど辛い!』
今回の商品は、バングラディッシュ産のブット・ジョロキアと、ブラジル産のハバネロを練りこんだスナック菓子だ。
『辛い=熱い』の定石を覆す逆説的なコピーで、その意外性がエンドの目を引くと考えたのだ。
試食を繰り返し、考えに考え抜いたコピーが落とされたのだ。
結局、『Wで辛い!』という素人レベルの安直なコピーになったのだ。
僕にもプロとしてのプライドがある。
それが今日、実に簡単に崩されたのだ。
そう易々と、この状況を受け入れられるほど手を抜いた仕事はしていない。
僕は延々とアルコールを飲み込んだ。
それは、僕が僕である確認を行うような単純作業であった。
案の定、記憶が消えていた。
底なし沼に足を踏み入れたような、ジワジワと押し寄せる感情を、身を捩じらせて回避していた。
僕はアルコールを吸収することで自分を自分と認識し、アルコールを吸収することでそれを忘れようとしていたのだろう。
しかし、底なし沼というのは身を捩じらせれば捩じらすほど、深みに嵌まっていくものである。
今回とて例外ではなく、僕はベッドの中で湧き上がる自己嫌悪に蝕まれていた。
今日は休むことに決め、電話でプロジェクトのメンバーに指示を出し、再び夢の中に逃げ込んだ。
~つづく~
雑踏の影~第三話~
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『この世は絶望に満ちている』
誰かが酒の席で話していた。
誰が言っていたのかは思い出せない。
会社の先輩であったか、大学の先輩だったか。
友達かもしれないし、以前付き合っていた彼女かもしれない。
重要なのは『誰が言っていたか』ではない。
その、言葉の重みなのだ。
恵まれた時代、恵まれた環境。
この国では血を流すような戦争もなく、苦役を強いられる事もない。
それが、幸せなのかは分からない。
ただ、少なくとも不幸せだとは思えない。
それを、『絶望に満ちている』と、この世を断絶することに衝撃を受けたのだ。
その言葉は、日を増すごと、年を重ねるごとに僕の中で形を変えていった。
フレーズを生み出すことを生業としているにも関わらず、その単語の組み合わせに驚嘆したのだ。
紡ぎ出した単語の集まりは、明確な拒絶を前に行き場を見失ってしまった。
もし、この世が絶望に満ち溢れていると言うならば、その言葉こそが絶望の淵を漂っているのであろう。
仕事とは何か。
自分とは何か。
絶望とは何か。
明確な答えが出ないまま、それでも僕は呼吸を続けていた。
~つづく~
雑踏の影~第四話~