忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/05/10 19:52 |
初夏の風音~第八話~
意識が遠のき、眠りにつく寸前のところで携帯が鳴った。
着信は彼女からだった。文字通り目を擦りながら電話に出る。

「ごめん遅くなって」
「お疲れ様」
「寝てた?」
「眠りそうだった。かな?」
「ごめんごめん」
「いいけど、どうしたの?」
「駅まで来たんだけど、道が分からなくて・・・」
「あぁ、昨日は泥酔してたからね」
「う、うん」
「じゃぁ、今から出るから待っててよ」

電話を切り、身支度をした。
我が家は、とてもシュトケンとは思えないような田畑に囲まれている。
そのためか細い路地が多く、野良猫ですら迷子になりそうな様相を呈している。

駅に着くと昨日よりも疲れた顔をした彼女がいた。
そこからウチに着くまでの間、昨日の彼女の様子を話し、笑いながら歩いた。

家に着き、腰を下ろす。
「お探し物はこちらですか?」
そう言い、僕はテーブルの上の指輪を指した。
「あぁ、やっぱりここにあった。ありがとう。」
探し物が見つかったというのに、その表情から喜びは感じられない。
指輪を見つめ、黙り込む彼女を見て僕は問いかけた。
「それ、ペアリング?」
聞かずとも分かりきっていて、本来なら聞くこともないのだろうが、僕にはその沈黙が耐えられなかった。
「うん。でも、もう必要ないのかも。」
その寂しげな表情はとても愛らしく、同時に僕の心を締め付けた。

次の言葉を探している時に、携帯電話が鳴った。
少し前までは、一日も鳴らない日があった携帯が、このところは頻繁に鳴る。
携帯電話は働きすぎて夏バテをすることもないのだろうか。
そんなくだらない事を考えながら、携帯を手に取る。
それは、彼女の友達からのメールであった。
『近くまで来たから、遊びに行ってもいい?火傷も気になるし。』
この空気を打破するつもりで、友達の口調を真似てメールを読み上げる。
少しでも笑みがこぼれてくれると嬉しいと思ったのだが、彼女を見て戸惑った。

「まずいよ!」
「何が?」
「私がいたらまずいでしょ?」
「何で?」
「何で?って・・・」
「忘れ物を取りに来たって言えば問題ないでしょ?」
「それじゃ、その場しのぎの言い訳みたいに取られるよ。」

そう言い、彼女は慌てて立ち上がった。
僕も立ち上がり、「駅まで送ってくよ」と言った。
彼女は「見られたら大変でしょ?」と言い、玄関に向かった。
僕は立ったまま、何故見られたら大変なのかを考えながら、「気をつけてね」と送り出した。

ベッドに座り、タバコに火をつける。
「どういう意味だろう。」そう呟き煙を吐き出した。
ふとテーブルに目をやると、そこに指輪が忘れてあった。
慌てて追いかけようとしたところで、チャイムが鳴った。
とりあえず指輪をポケットに入れ、玄関に向かった。

「いらっしゃい。」と言いながら、手に持っているビニール袋に視線が向いた。
「ごめんね、急に。」と言った友達は、僕の視線に気づいたようだ。
「どうしたのそれ?」
「自炊してる様子なかったから、昨日のお礼に手料理をごちそうしようかと思って!」
僕は、驚きと感心で言葉を失った。
同世代でここまで気が回る子がいることへの驚きと感心だ。
僕の次の言葉を待つように覗き込む様子に気づき、僕は慌てて「あ、ありがとう。とりあえず、中へ入りなよ。」と言った。

「今、作るから座って待ってて。」
僕はタバコに火をつけ、手際よく炊事をこなす後姿を見ながら、「付き合うかもしれない人」かと考えた。


~つづく~
初夏の風音~第九話~
PR

2007/08/31 23:51 | Comments(0) | TrackBack() | 初夏の風音

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<初夏の風音~第七話~ | HOME | 初夏の風音~第九話~>>
忍者ブログ[PR]