教室に戻った僕を待っていたのは担任であった。
担任は、僕を見つけるなり「ちょっと来い。」と言ったので、『またお説教か』と思いながら、しぶしぶ歩み寄った。
いつもならば、廊下なり視聴覚室であったり、職員室に呼び出されるのだが、今日は違う。
担任は教壇の横で話し始めた。
「あれ、おまえが持ってきたんだろ?」
「はい。」
「おまえ、ギターやんのか?」
「かじった程度だけど。」
「そうかそうか。」
「お説教なら勘弁してもらえません?今、終わったところなんで。」
僕は、皮肉交じりにそう言った。
しかし、担任は予想に反した言葉を返した。
「そう露骨に嫌そうな顔をするなよ。お説教は済んだんだろ?」
「えっ?」
人間とは、ある程度は予測をしながら行動をしている。
その予測が外れると戸惑うものだ。
それが、僕のように中学生であると顕著に表れる。
僕は言葉を失ってしまった。
「俺が、お前らくらいの時はな、ギターを弾く奴はみんな不良って言われたんだよ」
「えっ?」
「それでもな、あのかっこよさに憧れるんだよ。でな、エレキギターよりもアコギの方が幾分マシと思われててな。」
「俺のガットですけど。」
僕は、見当違いな返答をしたことにすぐ気が付いた。
「同じようなもんだろ。」
「まぁ・・・」
「放課後はな、河原に行って練習するんだよ。アコギって、家だと五月蝿いだろ?」
「そうですね・・・」
「文化祭でゲリラライブやったりして、先生にこっ酷く叱られてな。」
「はぁ・・・」
僕は上手い相槌が打てなかった。
何よりも、担任が僕に向かって青春時代を懐かしんで話している姿に驚き、戸惑っていたのだ。
「おまえ、何か弾けるか?」
「えっ、先生が知ってるような曲はあんまり弾けないですけど。」
「そうだろうな。何でもいいから弾いてくれないか?」
「何かって言われても・・・。あっ、『落陽』なら弾けますよ!」
「拓郎かぁ、俺らの青春時代だな。」
ギターを取るため教室の後ろに歩いて行くと、担任はクラスメートに向きこう言った。
「今日の授業は音楽に変更だ!みんな椅子だけ持って、机を後ろに下げろ!」
僕は、またもや驚いた。
視聴覚室かどこかで弾くのだと思っていたのに、教室で弾けと言うのだ。
僕は、驚きと同時に、緊張も感じていた。
いつも、一人で弾いているだけで、人前で弾いたことはなかったのだ。
だが、僕が戸惑っている事もお構いなしに、クラスメートは机の移動を始めた。
思い思いに座るクラスメートの正面に、ギターを抱えた僕が座っている。
僕の横に担任が立っていて、クラスメートの前に僕がいる。
そんな状況を理解するには時間が短すぎた。
「じゃぁ、これから授業を始める。」
そう担任が言った。
担任が僕に目配せをしたので、僕は弾き始めた。
弾き始め間もなく躓いたが、古い曲を知らないクラスメートは気が付いていないようだ。
イントロが終わり、歌い始めようとすると担任が歌い始めた。
『絞ったばかりの夕陽の赤が 水平線からもれている』
僕は歌が上手くないのだが、覚悟を決めて歌うつもりだった。
しかし、そんな僕の思いを知ってか知らずか、担任が歌い始めた。
サビの直前で担任は、僕に目で合図をした。
『一緒に歌えって事か?』
そう思いながら、僕は歌い始めた。
ハモるほどの歌唱力がない僕は、仕方無しにユニゾンで歌った。
曲が終わると、誰からともなく拍手が起こった。
それはそれは、人前で披露できる程のものではなかったのだが、その拍手で僕は救われた。
泣く人こそいなかったが、みんながみんな何かを考えている様子であった。
すると、担任は「気持ちよかったか?」と僕に聞いた。
達成感からか、緊張が解けていた僕は「いきなりすぎるでしょ?」と言った。
担任は、クラスメートに向かい話を始めた。
「みんな、こいつのこんな姿見たことがあるか?」
誰も返事をしないその空気が、問いに対する否定であることを物語っていた。
「俺もな、始めて見たんだ。」
僕は、今になって恥ずかしさが込み上げてきた。
「音楽ってのは、不思議な力があるんだ。楽しさを伝えたり、悲しみを代弁してくれたり。」
担任はそう言い、黒板に向かい『音楽』と大きく書いた。
「音楽は、音を楽しむと書く。世の中にはいろんな学問があるけれど、楽しむと書くのは音楽ぐらいだ。」
僕は何も言わず、その『授業』に聞き入っていた。
「音楽もそうだけど、文学や演技であったり舞踊も、全てに共通するものがある。」
そう言い、僕の方に向き「分かるか?」と聞いた。
僕は、少し考え「楽しむこと?」と答えた。
「それはもちろんだけど、もった大事な事は『表現力』なんだ。」
僕は、思わず頷いてしまった。
「みんなには、形はどうであれ、自分の思い、感情、考えを表現する方法を身につけて欲しい。」
クラスメートの方を向くと、みんながみんな何時になく真剣な表情で担任の話を聞いていた。
話を終えた担任は、「他に弾ける曲はあるか?」と聞いてきた。
僕は「最近の曲も少しなら。」と答えた。
「じゃぁ、誰か歌いたい奴いるか?」
その問いに答えたのは、目立ちたがりな女子であった。
僕のギターに合わせて、彼女はMr.Childrenの花を歌った。
途中から、何人かが合わせて歌い始め、最後には全体合唱のようになっていた。
その時、僕は初めてクラスへの帰属意識を感じた。
窓からは、季節にそぐわない心地よい風が吹き込んでいた。
~つづく~
放課後のハミング~第九話~
担任は、僕を見つけるなり「ちょっと来い。」と言ったので、『またお説教か』と思いながら、しぶしぶ歩み寄った。
いつもならば、廊下なり視聴覚室であったり、職員室に呼び出されるのだが、今日は違う。
担任は教壇の横で話し始めた。
「あれ、おまえが持ってきたんだろ?」
「はい。」
「おまえ、ギターやんのか?」
「かじった程度だけど。」
「そうかそうか。」
「お説教なら勘弁してもらえません?今、終わったところなんで。」
僕は、皮肉交じりにそう言った。
しかし、担任は予想に反した言葉を返した。
「そう露骨に嫌そうな顔をするなよ。お説教は済んだんだろ?」
「えっ?」
人間とは、ある程度は予測をしながら行動をしている。
その予測が外れると戸惑うものだ。
それが、僕のように中学生であると顕著に表れる。
僕は言葉を失ってしまった。
「俺が、お前らくらいの時はな、ギターを弾く奴はみんな不良って言われたんだよ」
「えっ?」
「それでもな、あのかっこよさに憧れるんだよ。でな、エレキギターよりもアコギの方が幾分マシと思われててな。」
「俺のガットですけど。」
僕は、見当違いな返答をしたことにすぐ気が付いた。
「同じようなもんだろ。」
「まぁ・・・」
「放課後はな、河原に行って練習するんだよ。アコギって、家だと五月蝿いだろ?」
「そうですね・・・」
「文化祭でゲリラライブやったりして、先生にこっ酷く叱られてな。」
「はぁ・・・」
僕は上手い相槌が打てなかった。
何よりも、担任が僕に向かって青春時代を懐かしんで話している姿に驚き、戸惑っていたのだ。
「おまえ、何か弾けるか?」
「えっ、先生が知ってるような曲はあんまり弾けないですけど。」
「そうだろうな。何でもいいから弾いてくれないか?」
「何かって言われても・・・。あっ、『落陽』なら弾けますよ!」
「拓郎かぁ、俺らの青春時代だな。」
ギターを取るため教室の後ろに歩いて行くと、担任はクラスメートに向きこう言った。
「今日の授業は音楽に変更だ!みんな椅子だけ持って、机を後ろに下げろ!」
僕は、またもや驚いた。
視聴覚室かどこかで弾くのだと思っていたのに、教室で弾けと言うのだ。
僕は、驚きと同時に、緊張も感じていた。
いつも、一人で弾いているだけで、人前で弾いたことはなかったのだ。
だが、僕が戸惑っている事もお構いなしに、クラスメートは机の移動を始めた。
思い思いに座るクラスメートの正面に、ギターを抱えた僕が座っている。
僕の横に担任が立っていて、クラスメートの前に僕がいる。
そんな状況を理解するには時間が短すぎた。
「じゃぁ、これから授業を始める。」
そう担任が言った。
担任が僕に目配せをしたので、僕は弾き始めた。
弾き始め間もなく躓いたが、古い曲を知らないクラスメートは気が付いていないようだ。
イントロが終わり、歌い始めようとすると担任が歌い始めた。
『絞ったばかりの夕陽の赤が 水平線からもれている』
僕は歌が上手くないのだが、覚悟を決めて歌うつもりだった。
しかし、そんな僕の思いを知ってか知らずか、担任が歌い始めた。
サビの直前で担任は、僕に目で合図をした。
『一緒に歌えって事か?』
そう思いながら、僕は歌い始めた。
ハモるほどの歌唱力がない僕は、仕方無しにユニゾンで歌った。
曲が終わると、誰からともなく拍手が起こった。
それはそれは、人前で披露できる程のものではなかったのだが、その拍手で僕は救われた。
泣く人こそいなかったが、みんながみんな何かを考えている様子であった。
すると、担任は「気持ちよかったか?」と僕に聞いた。
達成感からか、緊張が解けていた僕は「いきなりすぎるでしょ?」と言った。
担任は、クラスメートに向かい話を始めた。
「みんな、こいつのこんな姿見たことがあるか?」
誰も返事をしないその空気が、問いに対する否定であることを物語っていた。
「俺もな、始めて見たんだ。」
僕は、今になって恥ずかしさが込み上げてきた。
「音楽ってのは、不思議な力があるんだ。楽しさを伝えたり、悲しみを代弁してくれたり。」
担任はそう言い、黒板に向かい『音楽』と大きく書いた。
「音楽は、音を楽しむと書く。世の中にはいろんな学問があるけれど、楽しむと書くのは音楽ぐらいだ。」
僕は何も言わず、その『授業』に聞き入っていた。
「音楽もそうだけど、文学や演技であったり舞踊も、全てに共通するものがある。」
そう言い、僕の方に向き「分かるか?」と聞いた。
僕は、少し考え「楽しむこと?」と答えた。
「それはもちろんだけど、もった大事な事は『表現力』なんだ。」
僕は、思わず頷いてしまった。
「みんなには、形はどうであれ、自分の思い、感情、考えを表現する方法を身につけて欲しい。」
クラスメートの方を向くと、みんながみんな何時になく真剣な表情で担任の話を聞いていた。
話を終えた担任は、「他に弾ける曲はあるか?」と聞いてきた。
僕は「最近の曲も少しなら。」と答えた。
「じゃぁ、誰か歌いたい奴いるか?」
その問いに答えたのは、目立ちたがりな女子であった。
僕のギターに合わせて、彼女はMr.Childrenの花を歌った。
途中から、何人かが合わせて歌い始め、最後には全体合唱のようになっていた。
その時、僕は初めてクラスへの帰属意識を感じた。
窓からは、季節にそぐわない心地よい風が吹き込んでいた。
~つづく~
放課後のハミング~第九話~
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