返ってきたメールは予想通りのものだった。
慌てずに冷やして、アロエの成分が入った軟膏を塗ると治りが早いそうだ。
そして最後に、英国紳士は形式的にレディーファーストを行うだけで、本当の優しさは感じられないと付け加えられていた。
僕は定食屋の帰りに薬局に寄ってみた。
家に着き、火傷したところに軟膏を塗る。
少しヒリヒリするが、何か体の奥の方に染み渡っていく気がした。
その後はすることがなくなってしまったので、感想をメールで送ってみた。
タバコに火をつけ、灰を落とさないように煙を吹き出したところで携帯が鳴った。
随分と早い返事だなと思いつつ、携帯を開けて見ると友達を紹介してくれた彼女だった。
ウチに忘れ物をしたと言うので、探して持って行くと答えると、仕事帰りに取りに来ると答えた。
何を忘れていったのか部屋を探してみるが、どこにも見当たらない。
探し物に疲れ一服していると、昨日から風呂に入っていないことに気がついた。
彼女が来るにはまだ時間があるので、急いで入ってこようと思い、タバコを消した。
我が家は、一人暮らしにはお決まりのユニットバスだ。
支度をして、風呂場に行くと照明を反射し、輝いているものがあった。
それは、指輪であった。
不意に見つけた探し物に戸惑いもしたが、テーブルに置いてシャワーを浴びた。
サッパリした気分で風呂から出ると、携帯にメールの着信があった。
それは、友達からのメールであった。
そこには、火傷を心配すると同時に、僕が変わってる人だと書かれていた。
これから付き合うかもしれない人に対してする話しではないと言うのだ。
僕は、そこで初めてメールの相手が『付き合うかもしれない人』だと認識させられた。
「この子と付き合うのかなぁ」
そう呟き、いつものように天井を見上げて彼女が来るのを待った。
~つづく~
初夏の風音~第八話~
着信は彼女からだった。文字通り目を擦りながら電話に出る。
「ごめん遅くなって」
「お疲れ様」
「寝てた?」
「眠りそうだった。かな?」
「ごめんごめん」
「いいけど、どうしたの?」
「駅まで来たんだけど、道が分からなくて・・・」
「あぁ、昨日は泥酔してたからね」
「う、うん」
「じゃぁ、今から出るから待っててよ」
電話を切り、身支度をした。
我が家は、とてもシュトケンとは思えないような田畑に囲まれている。
そのためか細い路地が多く、野良猫ですら迷子になりそうな様相を呈している。
駅に着くと昨日よりも疲れた顔をした彼女がいた。
そこからウチに着くまでの間、昨日の彼女の様子を話し、笑いながら歩いた。
家に着き、腰を下ろす。
「お探し物はこちらですか?」
そう言い、僕はテーブルの上の指輪を指した。
「あぁ、やっぱりここにあった。ありがとう。」
探し物が見つかったというのに、その表情から喜びは感じられない。
指輪を見つめ、黙り込む彼女を見て僕は問いかけた。
「それ、ペアリング?」
聞かずとも分かりきっていて、本来なら聞くこともないのだろうが、僕にはその沈黙が耐えられなかった。
「うん。でも、もう必要ないのかも。」
その寂しげな表情はとても愛らしく、同時に僕の心を締め付けた。
次の言葉を探している時に、携帯電話が鳴った。
少し前までは、一日も鳴らない日があった携帯が、このところは頻繁に鳴る。
携帯電話は働きすぎて夏バテをすることもないのだろうか。
そんなくだらない事を考えながら、携帯を手に取る。
それは、彼女の友達からのメールであった。
『近くまで来たから、遊びに行ってもいい?火傷も気になるし。』
この空気を打破するつもりで、友達の口調を真似てメールを読み上げる。
少しでも笑みがこぼれてくれると嬉しいと思ったのだが、彼女を見て戸惑った。
「まずいよ!」
「何が?」
「私がいたらまずいでしょ?」
「何で?」
「何で?って・・・」
「忘れ物を取りに来たって言えば問題ないでしょ?」
「それじゃ、その場しのぎの言い訳みたいに取られるよ。」
そう言い、彼女は慌てて立ち上がった。
僕も立ち上がり、「駅まで送ってくよ」と言った。
彼女は「見られたら大変でしょ?」と言い、玄関に向かった。
僕は立ったまま、何故見られたら大変なのかを考えながら、「気をつけてね」と送り出した。
ベッドに座り、タバコに火をつける。
「どういう意味だろう。」そう呟き煙を吐き出した。
ふとテーブルに目をやると、そこに指輪が忘れてあった。
慌てて追いかけようとしたところで、チャイムが鳴った。
とりあえず指輪をポケットに入れ、玄関に向かった。
「いらっしゃい。」と言いながら、手に持っているビニール袋に視線が向いた。
「ごめんね、急に。」と言った友達は、僕の視線に気づいたようだ。
「どうしたのそれ?」
「自炊してる様子なかったから、昨日のお礼に手料理をごちそうしようかと思って!」
僕は、驚きと感心で言葉を失った。
同世代でここまで気が回る子がいることへの驚きと感心だ。
僕の次の言葉を待つように覗き込む様子に気づき、僕は慌てて「あ、ありがとう。とりあえず、中へ入りなよ。」と言った。
「今、作るから座って待ってて。」
僕はタバコに火をつけ、手際よく炊事をこなす後姿を見ながら、「付き合うかもしれない人」かと考えた。
~つづく~
初夏の風音~第九話~