「どうだった?」
クラスメートが言った一言を皮切りに、僕の周りに人が集まってきた。
集まっては来ないまでも、聞き耳を立てている人がいることも知っていた。
それから、僕は事の成り行きを冗談を交えて大きな声で話した。
話が一段落するとクラスメートは散り散りになっていった。
僕は、カバンを取り帰る準備を始めた。
時は昼休みだが、午後の授業は受けずに帰ることに決めた。
お説教の後は、疲れるのだ。
話を聞きつけた人たちが、僕に説明を求めてくる。
だが、話す側としては、同じ話を何度も話す事ほどつまらないものはないのだ。
だから僕は、いつも通り保健室に行き、誰が見ても分かるような『体調不良の演技』をして帰る。
教室を出ると、五時間目の英語の教師がいた。
『しまった。』
そう思った。
五組の担任でもある英語教師は、二年目の新米教師でとにかく暑苦しい。
きっと、教師という職業に幻想を抱いているのだろう。
『どんな生徒も話せば理解してくれる』
そんな暑苦しさが滲み出ていて、その様子が僕の反逆精神を煽る。
だが、英語教師はお構いなしに話しかけてくる。
「もう帰るのか?」
「ちょっと調子が優れないんで。」
「顔色もいいのに、どこが調子悪いんだ?」
「頭が割れるように痛いんです。」
「タバコの吸いすぎじゃないのか?」
「そんなに吸ってませんよ。一箱で一週間持ちますから。」
「やっぱり、見つかったのはおまえか。」
僕がこの教師を認めているは、他の教師と違い頭ごなしに叱る事しない点である。
「じゃぁ、そろそろ帰ります。」
「たまには俺の授業も受けてけよ。」
「明日は受けますから。」
「明日も呼び出しされて帰られたら溜まらないから、今日受けていけ。」
あぁ、本当に頭が痛くなりそうなやり取りだ。
半ば強制的に教室に連れ込まれた。
クラスメートは、その様子を笑いながら見ている。
『まぁ、おもしろいならいいか』
クラスメートが笑っていたので、『やれやれ』という仕草を大袈裟にして席に座る。
この英語教師の授業はつまらなくはない。
何でも、『英語を楽しく感じてもらいたい』がモットーらしく、授業中に洋楽をかける。
ベンチャーズやクラプトン、カーペンターズをかけることもあった。
今日はクラプトンの日のようだ。
音楽を聴きながら心地よく夢の世界へ飛び込んだ。
If I can change the world
I would be the sunlight in your universe
~つづく~
放課後のハミング~第三話~
気がつくと、授業が終わる時間に差し掛かっていた。
英語教師は冗談を交えながら、授業をしている。
そこで、英語教師は僕の名前を呼んだ。
「やっと起きたか。」
「はい、気分爽快です。」
そこで、英語教師はクラスメートに向かってこう言った。
「いいか、こいつはいい加減そうに見えるけど、提出物は必ず出すし、テストの点数もかなりいい。」
そこでクラスメートが一斉にこちらを向く。
僕は気恥ずかしくり、鼻を穿る仕草をして誤魔化した。
「ふざけた事をしてても、やることはやっている。白鳥は英語でなんて言う?」
「スワンですわん♪」
「咄嗟に聞いても答えられるだろ?こいつはスワンのように見えないところでしっかり泳いでいるんだ。」
クラスメートが再び僕の方を向いたので、クロールで空中を泳いで見せた。
「中学時代は一度しかない。楽しく過ごして欲しいけど、嫌なこともしっかりやるようにするんだぞ。」
そこでチャイムが鳴った。
英語教師が、授業を終わらせ教室を出る時、僕の方を向いたので中指を立ててやった。
すると彼は、笑いながら教室を後にした。
僕は、大学までエスカレーター式の私立中学受験に失敗している。
昔から、お説教をされることはあっても、褒められた記憶がないので、褒められる事になれていなかった。
優秀な兄を持つ僕は、小さい頃から常に兄貴と比べられていた。
小学校低学年の時だったろうか。
学校でのケンカで石を投げ、相手に大怪我をさせたことがある。
母と一緒に相手の家に謝りに行った。
相手の親は、「ケンカ両成敗ですから!」と気丈に言った。
そして、腰をかがめ僕の目線に高さを合わせると、「でもね、石とか道具を使うのは男らしくないよ。」と付け加えた。
家に帰ると、母は僕に向かって「何で、こんなことばっかりするの?お兄ちゃんみたいにいい子にできないの?」と言った。
僕は、何も答えられなかった。
すると母は、「あんたみたいな悪い子、産むんじゃなかった。」と言った。
小学生でも、この言葉の重みは分かる。
それは、言わば死刑宣告と同じであった。
数年経った今も、その言葉は僕に広く浅い傷跡を付けている。
傷という物は、深い傷の方が誰の目にも傷と映り、理解を得ることが出来る。
その頃から、僕は作り笑いをし、傷を見られないようにしている。
いつも笑っていることで、自分の弱さを隠しているのだ。
五時間目まで受けてしまったついでに、SHRも参加した。
担任は、僕に気づくと訝しげな表情をした。
僕は、大袈裟に舌を出し頭を掻きながら軽く首を動かした。
当然、担任も僕が生徒指導を受けたことや、話の途中で部屋を出たことも知っているのだろう。
担任は、クラス中に聞こえるようなため息をした。
僕は、担任に声をかけられる前に帰ろうとした。
すると、クラスメートの女子が僕を呼んだ。
「今週はウチの班が掃除当番でしょ!」と言う。
僕は「ごめん!父親が昏睡状態なんだ!」と言った。
「こんすいじょうたい?」と聞く彼女に、僕は英語教師のマネをし「スワンのようにがんばりなさい!」と言った。
「どういう意味?」と聞く彼女越しに担任が見えた。
「辞書の580頁!」と言い、慌てて教室を出た。
廊下を小走りで駆け抜けていると、後ろから「載ってないじゃん!」と叫び声がしたが、僕は気づかないふりをし、そのまま学校を飛び出した。
正門を出て角を曲がり、僕はタバコに火をつけ、ため息混じりに煙を吐き出した。
「あぁ~、疲れた。」
雲一つなく眩しく夕陽が輝く秋空が目の前に広がっていた。
~つづく~
放課後のハミング~第四話~